GI白山の魅力~東京国税局GI酒類セミナーを聴講して~

日本酒の地理的呼称「GI白山」は、2005年に1市2町5村が合併して白山市が誕生した折りに指定を受け、地域の象徴的な名産品と位置づけられています。日本酒として全国で初めてのGIであり、そこには先人が培った技術や思いが大切に受け継がれ、白山の歴史・風土が醸されたものなのです。セミナーの構成は3部構成で、白山酒造組合理事長の車多一成様、GI白山審査委員長の浜田由紀雄様、ソムリエ協会副会長の君嶋哲至様といった錚々たる方々のお話になっています。試飲用の認証酒5種とペアリング用の食材として「ホタルイカの素干し」「〆サーモンのレモン麹漬け」「ぶり大根」「イカキムチ」が事前に事務局より送られ、大きな期待を胸に聴講に臨みました。(タイトルのロゴマークはGI 白山清酒管理機構HPより転用)

目次

◆GI白山の魅力

一人目の講師、車多一成様は「天狗舞」で有名な株式会社車多酒造の八代目です。造り手の立場からの地域とGIの魅力についてのお話はとても解りやすく、興味深い内容でした。

白山市は石川県で最も広い行政区で、金沢市に継ぐ人口があります。白山連峰を起点とする手取川の扇状地は豊かな農作物をもたらし、また、なだらかな沿岸部には工業団地が広がる恵まれた地域です。清酒の水源となる手取川は清流を湛え、その源は日本三名山の一つに数えられる霊峰白山です。白山登拝の拠点として創建された白山比咩神社は全国の白山神社の総本宮で、2000年を超える歴史ある社です。このように白山市は自然、歴史、産業が共生しながら栄える地域なのです。

米所であるこの地域はもともと蔵数が多く、各蔵の理想とする酒質は多彩でした。そのためお酒の方向性がまとまるのがなかなか難しく、多くの意見交換がなされたとの事です。

GI指定を受けた時の呼称は「白山菊酒」でした。2017年にさらなる高みへと発展させる為、現在の「GI白山」に呼称が変更されました。この地で古くより親しまれてきた「加賀の菊酒」は、太閤秀吉が花見で飲んで絶賛した為、天下の美酒と言われる銘酒です。GI白山は加賀菊酒の魅力を継承するブランドなのです。その品質の高さは水質の良さによるもの。野菊が自生する清らかな水源地からくる水は菊水と呼ばれ、この水で仕込んだ酒は美味いと古くより言われてきました。白山に積もった雪が100年以上かけて出てくる伏流水がなせる業。カルシウムが多くカリウムが少ない水質が酒造りに好影響を与え、GI白山の良好な酒質を醸すのです。

GI白山の特徴は「米の旨味を活かした豊かなコク」。穏やかな果実の香りと程よい酸が食中酒としてその魅力を発揮します。GI白山には「高砂」「天狗舞」「萬歳楽」「手取川」「菊姫」の5蔵から16品種が指定されており、どのブランドも個性ある魅力に溢れたラインアップとなっています。詳細については、テイスティングコメントとあわせて後程ご紹介致します。(画像はセミナー資料より転用)

◆美味しさを鑑定すること

2人目の講師の浜田由紀雄様は、元国税局鑑定官室長で、数多くの鑑定や審査に携われておられる方です。官能検査のやり方や書類審査の説明のあと、自ら実際にテイスティングを行ないながらコメントをされていかれる姿は印象的でした。長きにわたりGI白山を審査されており、その味わいの特徴を最も分かっておられるお一人と言えるでしょう。お話の中で、鑑定官時代にぬる燗審査を導入したエピソードの紹介がありました。それによって「熟成酒は燗あがりする」事が明らかになったとのこと。熟成によって、お酒に含まれる還元糖とアミノ酸が反応(アミノカルボニル反応)し、メラノイジンなどの褐色物質が生成されます。この物質はお酒に濃厚な色、香ばしい香り、複雑なコクを与え、温めるとその魅力はいっそう発揮され、広く料理に合わせることができるのです。

また、美味しさは感情の一種というお話も興味深いものでした。美味しさは味覚だけでなく生理的や習慣的な要素等に影響されるものです。例えば、風呂あがりに冷たい飲物が美味しく感じられたり、家庭料理や郷土料理は食べ慣れているため、安心して美味しく感じられること等がそうです。特に最近よく言われるのは精神的な要素です。例えば、有名なレストランを何日も前から予約して食べた料理はとても美味しく感じることがそうです。サイトの情報や予約時の会話など、事前情報がもたらしたイメージや期待が満たされることによって美味しいと感じられるのです。ブランド食材や限定品が美味しく感じられるのも同様でしょう。このように食の情報や雰囲気が重要な要素として美味しさに大きな影響を与えます。GIはそれらが凝縮したシンボルのようなもので、消費者にとって大きな満足につながる指標となるでしょう。(画像はセミナー資料より転用)

◆GI白山のテイスティングと合わせたい料理について

3人目の講師は日本ソムリエ協会の君嶋副会長で、貴重なコメントを聴くことができました。横浜君嶋屋の社長として和酒の卸販売業において初めて取引した酒蔵が車多酒造で、更に菊姫の取引業者会の会長を長らく務めた縁があるとのことで、特別な思いをお持ちです。日本海の豊かな海産物と金沢の食文化、能登杜氏の技術によって築き上げられた食中酒のスタイルがGI白山の魅力。白山の地に何度も足を運ばれ、その魅力を広く熟知されたコメントはとても貴重なものでした。

では、それぞれのお酒について、君嶋様のコメントとペアリングと共にご紹介致します。(各日本酒紹介の画像はセミナー資料より転用)

●(株)金谷酒造店 純米高砂 (酒米:石川門、精米歩合60%、アルコール16度)

金谷酒造店は、「酒文化に貢献する」という経営理念を持ち、白山酒造組合の一翼を担ってきた蔵です。指定酒は、石川県で育成した酒造好適米「石川門」を金沢酵母で醸した芳醇でキレのある味わいの純米酒です。

【テイスティングコメント】輝きのあるイエロー、クリスタル。香ばしい香り。落ち着いた味。口当たりは滑らかで、後口がきれいで重すぎない。

【ペアリング】あん肝、ぶり大根、ホッケ焼き等の白身魚。甘露煮や昆布巻きも。常温かぬる燗で。

ぶり大根

●菊姫(資)加州菊姫純米 (酒米:山田錦、精米歩合65%、アルコール度16度)

天保年間創業の菊姫酒造は、極上のこだわりを持ち酒造りに取り組んでいる蔵。酒米、近代設備、蔵人のチームワークなど、酒造りの全てにこだわり醸す酒は、しっかりとした味わいを持つ食中酒です。2種の指定酒の内、紹介されたのは加州菊姫純米。加州とは加賀国の意味。兵庫県特A地区の山田錦は根の長さが1mを超えるほどで稈長も長く、しっかりとした旨味があります。その米の旨味を生かした力強さと繊細で柔らかな味わいを併せ持ちます。

【テイスティングコメント】輝きのあるイエロー、たっぷりとした粘性。米の旨味がたっぷりのお酒。香りは控えめでフルーツの感じ、グレープフルーツ、米など。アタックはしっかり。コク、旨味がある。後口のキレが良く、かつ余韻も長い。

【ペアリング】金目鯛の煮付、ホタルイカの素干し、味噌田楽、のどくろの塩焼き、脂の乗ったかれいの煮つけ、中華、鶏肉料理など。

ホタルイカの素干し

●(株)小堀酒造店 萬歳楽白山純米大吟醸(酒米:山田錦、精米歩合50%、アルコール度15度)

小堀酒造店は、GI指定時の白山酒造組合の理事長で、GIに対して並々ならぬ情熱を注ぎ、努力を重ねておられます。特に吟醸造りに定評があり、8種もの指定酒があります。中でも萬歳楽白山シリーズは兵庫県特A地区の山田錦を使った長期低温熟成による大吟醸古酒や凍結酒の白山氷室など、その魅力的なラインアップでGI白山を牽引し続けています。ご紹介のあった白山純米大吟醸は、凛とした冴えのある食中大吟醸です。

【テイスティングコメント】つや、透明感のある外観、イエローががったクリスタル。熟した吟醸香はフルーツゼリーのようなフルーツたっぷりの香り。味わいはさっぱりとしキレが良い。上品な旨味と程よい酸が塩味に合う。

【ペアリング】白子の昆布巻き、〆サーモンの塩麹漬け、根菜のグリル

〆サーモン塩麹漬け

●(株)車多酒造 天狗舞石蔵山廃純米(酒米:五百万石、精米歩合60%、アルコール度16度)

車多酒造は山廃仕込みによる深みのある熟成酒が特徴で、地元の五万石を使用したバランスの取れた味わいは食中酒として魅力を発揮します。3種の指定酒の中から石蔵山廃純米のご紹介がありました。山廃らしい柔らかくふくらみのある香味。熟成による濃い色調が特徴です。

【テイスティングコメント】淡いゴールド、輝くつや。粘性はたっぷり。スモーキーで複雑な香り。香木。やさしい、膨らみのある味わいだが重たすぎない。

【ペアリング】ぶりの照焼き、イカキムチ、炭火焼鳥、鴨スモークなどスモーキーさに酒の旨味が同調。キムチと山廃の乳酸の旨味が同調し、相性が良い。

イカキムチ

●(株)吉田酒造店 手取川大吟醸名流(酒米:山田錦、精米歩合40%、アルコール度16度)

吉田酒造場は酒米にこだわる蔵。2種の指定酒から紹介のあった名流手取川は、全国新酒鑑評会出品酒として仕込まれたもので、低温貯蔵で半年以上熟成させた大吟醸酒。コクが豊かで飲みやすいタイプになっています。

【テイスティングコメント】つや、輝きのある少しイエローががったクリスタル。粘性有り。焼きりんご、パイナップル、コンポートのような香り。アタックは中程度。キレのある飲み口でさわやかな余韻。

【ペアリング】ホタルイカの素干し、へしこ、鰻せいろ蒸し、けんちん汁、くえ鍋など。

◆GIは地域の誇りであり喜びである

ワインでよく言われるテロワールとは生産地の気候や土壌の特性を意味します。GIが示すものは、それに加え歴史や伝統的製法などの文化特性も含めたものと言えるでしょう。GIに指定される酒は、風土・伝統を守りながら醸され、地域の象徴的な名産品とされるだけでなく、それに携わる人に誇りを、消費する人に喜びをもたらすものでもあります。

5蔵の指定酒はそれぞれ個性を持ちながらも、どのお酒も豊潤で熟成感があります。手間がかかった味わい深い料理に合うと君嶋様がコメントされているように、温度を変えたりしながらじっくりと食中酒として楽しみたいお酒です。地元の豊かな食材と合わせることによって、まるで白山の地を訪れたような温かい気持ちになる、そんな魅力があるのではないでしょうか。GIの魅力が広まることは、お酒が売れるだけでなく地域全体の魅力が高まり、さらに広く誇りと喜びをもたらす好循環が生み出される、そんな期待を感じるセミナーでした。機会があれば是非お試し下さい。

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