近江の「地酒電車」に乗る

先日、灘五郷・白鹿さんの蔵開きに伺いました。4年ぶりの開催とのことで、暖冬の好天も手伝い、多くのお客さんが列をなす大盛況でした。コロナ禍による自粛ムードが緩んでいく中で、お酒業界でもイベントが次々と企画され、従来の姿が少しづつ取り戻されてきていることはとても喜ばしいです。そしてこのようなイベントを通じ、お酒の魅力を再発見できる機会になればほんとうに素晴らしい。今回は近江鉄道様が企画された「近江の地酒電車」に参加した内容をお伝えいたします。

近江鉄道彦根駅改札にある案内板

1896年創業の近江鉄道は、古くから地元の足として、また観光の便として愛し続けられています。路線は、米原~貴生川の本線、高宮~多賀神社前の多賀線、八日市~近江八幡の八日市線があり、その沿線の湖東平野は良質な水に恵まれ、多くの酒蔵が点在しています。今回の企画は、電車に揺られながらそれらの酒が飲める「地酒列車」。1月下旬から3月上旬にかけ、土日祝に1本づつ運行されます。お弁当付き、近江鉄道1日乗車券付きで7500円。ネットで発見したのですが、申し込んだ時には売切れている日もあり好評のようです。本年分は既に完売とのこと。酒好きには堪えられない魅力的なイベントなのだと期待します。

電車がすでにスタンバイしています

彦根駅に午後3時30分に集合。行程は彦根駅から八日市までの折り返し。途中五箇荘、尼子でトイレ休憩があります。2両編成で店員72名。通常ダイヤの隙間に組み込んでの運行となるため、ホームが空くまで電車は待機しています。出発は3時49分。はやる気持ちに心が躍ります。

ビール列車用でしょうか、キャラクターのラッピングが施され、イベントを演出しています。

ついに列車がホームに入ってきました。通常車両と違い、イベント用のラッピングが設われた専用列車です。列車は2両編成で、全席指定。私の席は2号車の前のほう。1号車の後方に供えられたカウンターが間近にあり、そこから酒が提供されます。対面ロングシートの座席の前には長テーブルが固定され、お座敷列車のように改造されています。すでにテーブルの上には、プラカップに注がれた酒と弁当がセットされており、楽しい気分が高まります。

出発前ですが、すでに酒が9種類セットされています。オプションで頼んだ焼き鯖寿司もあります。

お弁当の上には本日提供される酒を紹介したパンフレットもあり、至れり尽くせり。手荷物、上着は網棚に乗せ、いざ出発の時を待ちます。電車の出発とともに乾杯し、地酒を楽しむ旅が始まりました。お酒は番号の記されたシートの上に置かれ、どれから飲もうかと迷います。残りの酒も順次提供され、やわらぎ水があるのもありがたい。また、添乗の方が1番から順番に蔵とお酒を紹介してくださるのもうれしい。

少しずつ20品目のアテが整然と詰まった弁当

地元滋賀の特産品が入ったお弁当はお酒のアテとしてぴったりな20品目。海の幸山の幸を煮たり焼いたり揚げたりし、酒粕やみりん醤油などで多彩に味つけされた料理が犇めく折詰で、いろんな味わいのお酒とのペアリングを楽しめます。たくさんのお酒と料理を目の前にし、圧倒されますが気持ちを落ち着かせ、パンフレットを見ながら一蔵づつ味わっていくことにします。

一番目の酒は山路酒造さんの「北国街道」純米吟醸無濾過しぼりたて生酒。地元のイベントということもあり、しぼりたての生酒をそのままお持ちいただいているようです。それだけでも値打ちがある。パンフレットにはご丁寧に味わいメモがあり、飲んだ印象を記すことができます。面白い機会なので、私も個人的な印象をプロットしました。この酒は米原産の山田錦を60%精米した純米酒。吟醸香も穏やかで、アルコール度は高いですが生酒らしいねっとりとした口当たりが軽快に切れていく、そんな印象です。何に合わすか迷いましたが、出汁巻と頂きました。純米生酒と出汁巻の旨味は相性抜群です。

二つ目の酒は「七本槍」純米玉栄しぼりたて生原酒。冨田酒造さんは契約栽培にこだわり、滋賀テロワールを表現する酒蔵として全国に名を馳せる有名蔵です。穏やかですが、白桃のようなフルーティな香りが心地よい。地元契約栽培の玉栄特有の酸味も心地よく、酒米の甘みと調和したバランスの取れたお酒です。ホンモロコの南蛮漬けと頂きました。

三番目の酒は、多賀酒造さんの純米酒「多賀秋の詩」。多賀産の一般米「秋の詩」を100%使用し、精米歩合70%で米の旨味を存分に引き出したお酒です。米の旨味がしっかりと感じられ、穏やかな香りはまさに地酒らしい味わい。燗しても美味しいでしょう。これは海老天ぷらと合わせました。

京都祇園の切通し冨永町に直営店を出されている岡村本家。蔵開きにも力を入れられ、消費者に身近な酒蔵の印象です。消費者を意識した酒造りにこだわり、木槽搾りなど伝統的な製法を守りながら、飲み手に分かりやすい酒を目指しておられます。たとえば、専門的な表現である吟醸という言葉は使わず、精米歩合毎に色分けし、親しみやすく工夫されています。今回のお酒は緑色の瓶に入った精米歩合60%の生原酒。米のしっかりとした旨味に生酒らしいふわっとした華やかさを感じ、飲みやすいバランスの良いお酒です。辛口とのことですが、米の旨味や甘みを感じます。

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本日提供いただく大吟醸は岡村本家さんのもの。岡村本家は「大吟醸」の規格ですがあえて名乗らず藍色の瓶に入れて、親しみやすく表現されています。伝統的な方法で繊細に造った麹を用いて醸された芳醇な香りが心地よい。最近はリンゴやマスカット、バナナなど華やかでフルーティな香りが際立つ大吟醸が増えましたが、お酒の味わいとバランスの取れた香りが印象的です。これはローストビーフと頂きました。

次は藤居本家さんの「旭日」。新嘗祭の御神酒を献上する名門蔵で、蔵開きイベントも充実しています。提供されるお酒は純米生原酒のしぼりたて。地元産の玉栄100%を愛知川の伏流水で醸した純米生原酒。生酒ですがアルコール度数が高く、また玉栄特有の酸味があるため、辛口さを際立って感じました。数の子や川魚、粕漬け鰊と頂きたいです。

中澤酒造さんは、一時期自社蔵での酒造りが途絶えていましたが、現在の蔵元が自ら杜氏の修業を経て復活を遂げた酒蔵です。「一博」は蔵元が杜氏修業時代に畑酒造で桶借りして造り始めたブランド。純米うすにごり生酒は滋賀県産吟吹雪を60%精米したもの。少し華やいだ香は14号酵母由来でしょうか。やさしい甘さがバランスの良い酸と調和し、食中酒として楽しめます。近江地鶏のオランダ煮と頂きました。出汁巻にも合わせたい味わいです。

喜多酒造さんは、現在、長女の麻優子さんが蔵元を継承してがんばっておられます。R4BYから杜氏も担当されており、今後益々目が離せない酒蔵です。今日のお酒は「喜楽長」純米吟醸生酒。酒度+14の極辛口です。極辛口といえどしなやかな口当たりで、吟醸香も穏やか。まさに食中酒の大道を行く酒だと思います。しなやかで穏やかな「たおやかな酒」を目指しているとおっしゃる蔵元。ビワマスいくらのてまり寿司と頂きました。

次は畑酒造さんの「大二郎」純米酒。自社田の「吟吹雪」を65%精米で醸した酒。火入れしています。その分もあるのでしょうか、フラットで、味わいのバランスが素晴らしいお酒だと思います。アルコール度は高いですが、しっかりした旨味のおかげでさほど気にならない。どんな料理にも合うと思いますが、甘露煮や煮物にも負けないお米の旨味が生かされています。うなぎの蒲焼きや鰊こぶまきがお勧めです。

松瀬酒造さんは竜王の異なる土壌の田んぼで栽培された山田錦を愛知川の伏流水で醸すといった取り組みをされています。ワインのぶどう産地のように、質の違う田んぼのテロワールを表現する丁寧な酒造り。今回のお酒は「松の司」の純米酒。麹米が吟吹雪、掛け米が日本晴で、純米酒らしい炊き立てのご飯のような香りの中にフルーティさも感じられます。食中酒として、燗でもひやでも楽しめるお酒です。土を感じる根菜に合わせたいと思い、蛸と赤こんにゃくの土佐煮や信太巻きと小芋と合わせましたが、幅広く楽しめるお酒です。

美冨久酒造さんの酒は「三連星純米」。「三連星」とは、様々な「三」が「連」なり「星」のように輝く、そのようなコンセプトでつけられたブランドネームです。製法は純米大吟醸、純米吟醸、純米の3種、米は滋賀の3世代の酒造好適米「渡船6号」「山田錦」「吟吹雪」にこだわる、現当主は4代目で、3代の蔵元に敬意を表するなど、たくさんの思いがこの名前には込められているのです。吟醸香でしょうか独特な華やいだ香があり、飲むとドライに切れていくシャープな印象。ラベルも斬新で、滋賀の人気酒の一つです。

最後のお酒は北島酒造さんの純米無濾過生原酒。滋賀県の新しい開発米である「みずかがみ」の旨味を生かす精米歩合65%。芳醇でありながら重たすぎず、華やかさも持ちながら、食中酒として楽しめる。このお酒、今回最も感銘を受けたお酒です。他にも地元の渡船も醸されており、それもぜひ飲んでみたいと思います。鴨ロースとお勧めです。色は違うのですが、ロゼワインやロゼシャンパンが合うような料理と合わせてみたいと感じました。

ラベルには各蔵の個性が感じられます。

停車中にカウンターで立ち飲みのように直接お酒を頂くことができました。このように瓶が並ぶとまるで酒専門店のよう。旭日は気品があり、金亀は伝統と現代の調和を、北島は飾らない本格派、多賀秋の詩は実直、三連星は斬新な印象を受けます。ラベルには各蔵の思いが現れているのですね。伝統や歴史、丁寧な酒造り、蔵を復活させる、新しいブランドを立ち上げるなど、酒造りに向ける各蔵の情熱に改めて敬服します。そして、そんなお酒を楽しめるありがたさを身に染み、感謝します。

尼子駅で停車する地酒列車

約二時間の行程はあっという間で、名残惜しいですが終着の彦根駅に戻ってきました。路線から見える酒蔵もあったと思いますが、今回は車窓を楽しむことも忘れ、ひたすら酒を楽しみました。旅情あふれる雰囲気の中、地元のお酒を地元の料理でいただく。そんな贅沢なひと時を過ごすことができて大満足です。ぜひ再訪し、車窓から酒蔵や田んぼ、愛知川などの水脈を眺め、近江地区の魅力をもっともっと感じてみたいと思います。

最後になりますが、この素晴らしい会を企画された近江鉄道さん、素晴らしいお酒を提供いただいた酒蔵の皆様、また私と同行いただいた野田さん、ありがとうございました。心から御礼申し上げます。

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