高知の酒を楽しむ(第二編)

2021年2022年と訪れた高知はやはり酒の国でした。朝の連続テレビ小説「らんまん」でも注目の土佐の酒。今回は2022年春、その舞台である佐川の地を訪れた内容についてご紹介したいと思います。今回の高知訪問の主目的は、ソムリエ協会高知支部の例会セミナー「土佐酒の未来」に参加することです。前日に近場の酒蔵に立ち寄りたいと思い、たまたま目をつけたのが佐川の司牡丹酒造でした。佐川は町全体に酒造の文化が息づく地で、司牡丹のアンテナショップもあり、試飲もできます。充分に楽しむことができるだろうと、高知で特急南風から土讃線に乗り換えて佐川に向かいました。特急だと30分ですが、時間が合わず、普通でのんびりと約一時間、車窓を楽しむ旅となりました。

目次

佐川の地を訪れる/2022年春

佐川駅前にある鳥観図。牧野公園や牧野博士誕生の地など記されています。

佐川に到着すると、残念ながら小雨が降っていました。駅から南に進むと二股の分岐点が現れ、そこに佐川全体を示す鳥瞰図があります。訪問した時は2022年でしたので、この図が示すものの重みが全く分かりませんでしたが、この鳥瞰図は、自然科学の研究が急速に発展し、テレビ番組「らんまん」でお茶の間の注目を浴びている牧野博士が活躍した時代の雰囲気が溢れる貴重なものだと、今更ながら感じます。
白壁の土蔵が連なる通りには「酒蔵の道」と記された記念碑があります。かつては複数の酒蔵が栄えた時代のロマンに思いを馳せます。今では竹村本家と濱口家の流れを受ける司牡丹だけになりましたが、かつての酒蔵経営が厳しい時代を乗り越え、その文化や伝統が受け継がれていることに、近世の人々のエネルギーを感じさせられます。

全国的に名の通った土佐酒のブランド「司牡丹」。重厚な木彫看板と巨大なしるしの杉玉。
ブリキ看板にも味わいがあります

仕込み水は清流仁淀川に由来

水が流れ続けています。この辺りの水系は仁淀川の伏流水。

「仁淀ブルー」と称される仁淀川は、四万十川よりも透明度が高いと言われる清流です。この清流は、四国山地に降った雨が急速に流れ落ちるため、清澄で雑味が少ない軟水となります。また、この川は生活圏を流れており、地元の方々にとっては当たり前の美しさで、日常に溶け込む類まれな美しさは全国的にも希少な景観と言えるでしょう。司牡丹では、その仁淀川の伏流水を仕込み水として使用し、多様な米を個性豊かな酵母で酒を醸しているのです。

司牡丹アンテナショップ「ほてい」で試飲

「ほてい」という司牡丹のアンテナショップは、清酒の直売と試飲が楽しめる場所です。酒ギャラリーとしての趣があり、歴史ある品々が所狭しと並んでいます。そもそもこの場所は、昭和初期に京都で骨董貿易商も経営していた竹村家の接待所のような施設として芸術を愛する文化人が集まり、料亭のように飲食ができる社交クラブとしてにぎわいました。残念ながら、昭和53年でいったん営業を終えたのですが、平成8年になり、その建物は酒を愛する人々が集まるサロンとして再開され、現在に至っています。ここでは、司牡丹のみならず、日本酒全体の文化的な魅力を感じることができます。

店名「ほてい」は、かつて京都で営業していた骨董貿易商の屋号「布袋商会」に由来します。
「酔って候」。格調すら感じる言葉は土佐だからこそ格好良い。
瓶がなかったころは徳利や木樽で販売されていたのでしょう。古き良き酒蔵の時代に思いを馳せます。
佐川の酒蔵が統合し、司牡丹の前身となりました。「笹乃露」「野菊」など今は無きブランドを支えた蔵元の思いが受け継がれています。
ちなみに牧野家が蔵元だった「岸屋」のブランドは「菊の露」。「峰屋の峰乃月」はドラマ上の架空のもの。
土佐の「おきゃく」を彷彿とさせる置物

注目の開発米「土佐麗」

「土佐麗」は、高知県農業技術センターが開発した酒造好適米「高育80号」が命名された品種です。高知県で以前開発された品種「風鳴子」は破砕が多かったため、この課題を解決するために「風鳴子」の系統米と「ひとめぼれ」を交配して開発されました。2019年には奨励品種に指定され、高知県の新しい酒造好適米として注目を浴びています。「土佐麗」は純米吟醸酒に適し、早生米の特徴を生かした雑味の少ないナチュラルな辛口酒が醸されます。今年で開発4回目となり、仕込みに挑む酒造所も増えており、今後さらにポテンシャルを発揮していくことが期待されます。

爽やかですっきりとした味わいが特徴。これから楽しみの開発米。

宇宙深海酵母の酒

2005年、高知県産の日本酒酵母を搭載したロケットが宇宙に向けて打ち上げられました。その後、国際宇宙ステーションに10日間滞在中に増殖させることで「宇宙酵母」が生まれました。さらに、高知県産の酒造好適米も宇宙へ送りそれを「宇宙米」と位置づけ、毎年少しずつ栽培面積を拡大し、2009年産からは「宇宙米」100%を「宇宙酵母」で醸す「完全宇宙酒」が造られるようになりました。
さらに、その酵母を深海6000mに4ヶ月間沈める実験が行われ、「宇宙深海酵母」が開発されました。この実験は非常に厳しい状況下で行われ、1度目の試みでは酵母が全滅し、生存率は3億分の1と言われるほどでした。しかしその後、何度かの実証実験を経て、2022年にようやく商品化されることとなりました。「宇宙酵母」は正式には「AA41」と呼ばれ、熊本酵母(9号酵母)を起源とし、メロンやバナナを想起させる酢酸イソアミルの香りが特徴で、その華やかな香りは大吟醸酒の魅力を心地よく高めてくれます。

宇宙深海酵母の酒のラベルは、海や宇宙をイメージさせますが、実際はフルーツパーラーを思わせるような香りの酒なのです。

永田農法を取り入れた純米酒

写真は司牡丹公式サイトより

農業研究家、永田照喜治氏が開発した「永田農法」は、必要最小限の水と肥料で作物を育てるもので、一般的に「スパルタ農法」や「断食農法」などと呼ばれています。この農法では、農薬はもちろん、肥料や水も極限まで控えることで、植物本来の生命力が引き出され、その結果、土地の風土の個性をしっかりと持ちながら、雑味のもとになるタンパク質含有量が減少し、非常に優れた酒米ができるのです。

高知県内でも特に米の品質が高いとされる四万十町の旧窪川町において永田農法で栽培される酒米は「山田錦」「土佐錦」の2種。これらの酒米を100%使用し、米以外の副原料も一切使わないで醸される「司牡丹<永田農法>純米酒」は、高知の風土を忠実に表現したような酒です。山田錦は麹米として、土佐錦は掛米として使用。精米歩合は65〜70%ですが、タンパク質の含有量が少ないため、吟醸酒クラスの綺麗な味わいが楽しめ、なおかつ純米酒らしい豊かな味わいも併せ持つ、力強くキレのある辛口の酒です。その他にも、生酛純米酒の「かまわぬ」などがあり、伝統的な味わいを追求した酒にも注目です。

後記

滞在時間は3時間余りで、酒蔵の街並み散策とギャラリーほていでの試飲程度しか楽しめませんでしたが、今注目の牧野博士のゆかりの施設や場所など、見どころは他にもあります。のどかな町の風景の中に特徴的な地域色も見受けられ、素朴で穏やかな中に歴史のエネルギーが満ちている、そんな印象の町です。私事ですが、今年は体調を崩した関係で、公開が遅れてしまい残念でしたが、引き続きお酒にまつわる魅力を発信していきたいと思います。(2023年9月15日)

土佐ではこいのぼりも「かつおのぼり」。のぼりガツオではありません。
佐川駅前にある旅館の司牡丹の広告看板。なんとなく国際色を感じます。
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