高知の酒を楽しむ(第一編)

先日、酒専門店鍵や様からのご依頼で「酔鯨土佐蔵」の紹介記事を書かせていただきました。その準備のため2021年秋と2022年春の高知旅行を振り返ってみたのですが、コロナ禍の外出自粛が続く合間で、旅先で飲食するというとても貴重な経験だったこと改めて感じ、少しばかりご紹介させていただこうと思います。2021年は知人に誘われ高知の朝市、2022年はソムリエ協会の高知支部例会の参加が目的で、高知の酒を堪能してまいりました。まずは第一編として、2021年に見聞きした高知の酒の魅力をご紹介したいと思います。

特急南風の旅のお供は「あなご飯」。浜吉さんの駅弁はあなごがびっしりと敷き詰められています。
目次

松尾酒造見学/2021年秋

2021年5月、コロナ禍の影響でなかなか旅行に行くこともままならない日々が続いていたのですが、友人より「高知の朝市が良いよ。」とのことでぜひ行こうとなったのですが、緊急事態宣言が発令し、残念ながら中止に。秋になってコロナが緩んできたとき「じゃあ行こう」と、その御仁がチケットだけでなく、親切にも松尾酒造さんと酔鯨土佐蔵さんの見学予約まで取ってくれたので、あれよあれよと行くことに。新大阪で待ち合わせ、岡山までこだまで、そこから特急南風で高知に向かいます。途中、土佐山田で下車し、松尾酒造に向かいました。土佐山田駅のすぐ駅前には、文佳人で有名なアリサワ酒造があり、テンションがぐっと上がります。まっすぐ海に向かっていくと、どろめ祭りで有名な赤岡の「豊乃梅」高木酒造もあり、酒の国に来た喜びがあふれます。

土佐山田駅前のアリサワ酒造。家族経営のため見学はかないませんが、早くからワインのようなフルーティな清酒に取り組まれている注目の酒蔵です。

駅から西に向かい10分ほど歩いたところに松尾酒造があります。コロナ禍で見学を自重する酒蔵が多い中、見学をお受けいただけた数少ない酒蔵です。朗らかにお迎えいただいたのは7代目当主松尾禎之さん。大手酒造会社に永らくお勤めで、主に東京で勤務されていたとのことですが、事業承継のため戻り、蔵を守り続けておられます。明治6年(1873年)創業で、清流物部川の伏流水を用いた淡麗辛口の「松翁」「山田太鼓」のブランドがありますが、県外にはほとんど流通せず、関西人の我々にとっては珍しい酒です。残念ながら、今の時期は微発泡のにごり酒を中心に醸造されており、本格的な酒造期はまだ先とのこと。「余り見どころはないかなあ」とおっしゃいますが、いろんなお話を聞かせていただきました。酒造期にはアルバイトを入れられますが、ほとんどおひとりで仕込みに当たられます。「日本第一酒造神」とされる松尾大社にゆかりがあられる松尾酒造さん。おひとりだからこそできる丁寧な酒造りがここにあります。

蔵の壁面に施された宣伝装飾。「松翁」が古くから続く看板商品であることを物語っています。
レトロ感あふれる広告看板。天井からぶら下がる太綱はかつて搾りに使われていたものでしょうか。

倉庫に保管されている米は「高知フクヒカリ」。米袋に記載された精米年月日は令和3年8月4日で、いかに高知の米が早く収穫されるかを物語っています。ご承知の通り台風が頻繁に上陸する土佐では、その被害を避けるための研究が古くからなされてきました。そのため、台風が上陸する前に収穫できる米の品種開発が進み、このように収穫時期が早くなったのです。開発米の話を少し伺いましたが、「土佐麗」が今の注目米。早生の大粒「風鳴子」は破米が多く仕込みにくいとのこと。現地に来ないとわからない貴重なお話です。

農協の酒米搗精工場で精米された高知県産フクヒカリ。

蔵の一番奥には、長年に渡り使い込まれている和釜と甑が置かれています。天井にはクレーンがあり、これによって甑などの大型の器材を取りまわします。かつては手作業で行っていた重労働を少しづつ省力化されているのでしょう。こちらで蒸きょうされた酒米は放熱後、麹室での製麹や仕込みにまわされます。仕込み用のタンクが並ぶ片側には空調設備で温度管理をされている吟醸酒用の仕込み室もあり、高知での酒造りは冬季でも温暖なので難しいのだと感じます。貯酒室の断熱など、ご自身でできる限りの工夫をされていることは造り手としての真摯な姿勢の証でしょう。天井からぶら下がった太い縄はかつて槽搾りだった名残。現在はヤブタ式横型自動圧搾機で丁寧に搾られており、既存の設備を活用しながらも手を加え、より良い酒造りを目指す姿勢を感じます。熱心にご説明いただくお人柄からも、土佐の文化として良心的な酒造りをされていることが伝わってきました。

蔵の奥で息をひそめる和釜と甑。仕込み期になると安定した実績を残すベテラン選手なのです。

電車の時間が迫り、残念ながら試飲をいただくことはかないませんでしたが「次来るときは夕方に来てください」と温かいお言葉をいただき、蔵を後にしました。夜に伺うおすすめの店を伺ったところ、「ぼくさん」をご紹介いただき、早速その夜伺うことにしました。

高知の夜をさまよう~日本酒バー「ぼくさん」~

高知の繁華街の一つ帯屋町商店街。その近くにある中央公園に面したビルの2階に構えている「ぼくさん」。一軒目のお店を出て廿代町からグリーンロードを南下、なかなか見つけることができず、公園の近くの交番で聞いてようやくたどり着きました。とても穴場的なお店で「おお、来てよかった」とワクワクします。また、対応いただいた警察官はとても寛大な姿勢で、飲酒に対するポジティブな土地柄に、さすが高知と敬服します。

左から仙道酒造、酔鯨酒造、松尾酒造。

階段を上がると、そこには落ち着いた雰囲気が広がっています。店内にはテーブルとゆったりしたカウンターがあり、その中にマスターが穏やかに構えておられます。期待した通り、無駄のないシンプルに酒が呑めるお店。一つのテーブルには常連さんと思しきグループがいらっしゃり、我々はカウンターに。「関西から来た酒好きです。」いろいろな土佐酒を飲みたい旨申し上げると「じゃあ」ということで「飲み比べセットが良いですよ」とのこと。壁を見るとそこに掲げられたホワイトボードに提供可能な酒が書かれており、そこから3種選んで飲み比べできる、なんとも嬉しいシステム。まず最初に、訪問した2蔵と知人が関心のある仙道酒造さんのお酒をいただくことに。

松翁「本醸しぼりたて生酒」は、スッキリと淡麗な味わいでありながら生酒らしい旨味を感じます。松尾さんの酒に対する気持ちがこもった辛口酒です。酔鯨「高育54号純米吟醸」。確かこれも生酒だったと記憶します。高育54号は高知県開発の吟醸向け酒造好適米「吟の夢」のこと。高知県開発のCEL酵母特有のフルーティな熟れたリンゴの香りが特徴的で、生酒らしいねっとりと口の中に上品な米の旨味が絡み、後味はキレるなるほどの淡麗旨口。仙道酒造は「土佐しらぎく」で有名ですが、この酒は2014年に始まったブランド「美潮」で、「蜜を思わせる上品な甘さ」(仙道酒造HPより)をコンセプトとしたもの。この酒は「純米吟醸雄町」。フルーティな香り、雄町らしい熟した濃厚な果実味が楽しめます。一軒目のお店では、まさにこれ土佐酒という辛口食中酒「桂月」をいただいたので、「あれ?」なんかとても華やかな印象の酒が多いな、と驚かされました。

左からアリサワ酒造、西岡酒造、濱川商店

続いて飲んだ酒は、美丈夫、久礼、文佳人。美丈夫の濱川商店は安芸市にある酒蔵で、奈半利川の伏流水である清冽な超軟水を仕込み水とし、兵庫県産山田錦、高知産吟の夢などの酒米を、フルーティで芳醇な酒に醸しています。飲んだ酒は「純米大吟醸吟の夢生酒」。CEL酵母の特徴を生かしたフルーティな酒で、まるでシャインマスカットのような香りが心地よい。口に含むと、綺麗な酸と上品な甘みが調和し、まさにシャインマスカットを生食しているようなみずみずしさを感じます。西岡酒造「久礼」といえば「世界一カツオのたたきに合う辛口酒」というイメージがあるのですが、マスターによると、昔はもっと荒々しいイメージだったが杜氏が代わり「いくぶんか丸くなった」とのこと。今回の酒は「純米大吟醸生酒」で、たぶん酒米は高知県産吟の夢でしょう。かつては品評会出品用の大吟醸酒は兵庫県産山田錦で作るしかなかったのですが、県開発の吟醸用酒造好適米の吟の夢が開発されて以降、一般流通される大吟醸酒の製造が増えたのです。このように貴重な酒を飲み比べると改めて高知の気質である開発力や革新性に感じ入ります。アリサワ酒造は、酸と甘みのバランス、柑橘系やフローラルな香りを引き出すなどして、古くから白ワインを意識した酒を醸されています。先日結果発表された令和4BYの全国新種鑑評会において金賞を受賞され、10年連続金賞受賞の偉業を達成されたのも頷ける注目の蔵です。「文佳人純米生酒」は、ネットの商品説明などを見ると、アケボノを55%まで磨き丁寧に醸した酒。通常は火入れするのですが、フルーティさを重視するため一度火入れの生貯蔵酒としています。飲んだ酒は一切火入れしていない生酒。吟醸酒とは違う酵母を用いて仕込んであるとのことで、多様な白ワインのように、そのニュアンスが少しづつ変わるのも文佳人の魅力です。

「ぼくさん」の店内はポスターやメニューなどほとんどなくシンプルなのですが、見覚えのある漫画が何点か飾ってあります。高知出身の有名な漫画家といえば、クイズダービーで有名なはらたいらさん。マスターは古くから交流があられ、クイズダービーにも出場されたことがあるとのことで、その時の写真も飾ってあります。そんなエピソードも気軽にお聞かせいただき、心地よい時を過ごさせていただきました。

高知の夜をさまよう~飲兵衛屋台~

飲み会の〆といえば高知では「飲兵衛屋台のしじみラーメン」。多くの方がそうおっしゃいますので伺ってみました。昔はやった屋台村を思わせる外観、「肉シュウマイ」と書かれたスタンド黒板。吸い寄せられるように入ると、店内は〆というよりまさに飲み会真っ只中の方々が大半で、人気の街中華といつた印象です。せっかくですので肉シュウマイをいただいていると、ぱらぱらと入店される方々は口々に「しじみラーメン」と注文されており、「なるほど」、その根強い人気を感じます。

当たり前に目立つ外観にそそられます。

しじみラーメンは、たっぷりのしじみとネギだけの具の塩味できわめてシンプルなラーメンです。見た目は地味ですが、どんぶりから湧き上がるしじみの香りは心地よく、しじみのエキスたっぷりのスープはとても濃厚で、このラーメンでも酒が呑めます。麺は中細のストレートで、コシは柔らかめ。その緬に濃厚なスープが程よくまとわり、すすり上げると抵抗なくするっと入っていきます。たっぷり入ったしじみの身をちまちまと食べていると、どんどん引き込まれていき、あれよあれよと食べてしまう。お腹に全く持たれず、なるほど、〆の一杯としてお薦めなのがよくわかりました。お店は夜中二時まで営業で、ラーメンだけでもいいですし、ちょっとご飯を食べて飲んでもいい。ナイト系のお店の方も安心してこれる、そんなことで評判が広がるのでしょう。場所も帯屋町1丁目の繁華街にあり、すぐわかります。

高知の夜はしじみラーメンで〆るのが定番。胃袋を優しく沈めてくれる癒しの味わい。
たっぷり含まれるオルニチンが肝臓をいたわってくれます。

高知の朝~高知日曜朝市の田舎寿司

高知は海のイメージが強いのですが、実は平地が少なく、森林面積比率全国一を誇る森林県なのです。山が海のぎりぎりまで迫っており、その風土を感じる郷土料理が田舎寿司。みょうが、りゅうきゅう、こんにゃく、しいたけ、かぶ、四方竹など様々な山の幸を用い工夫した寿司です。関西でも奈良のめはり寿司や野菜寿司があり、世界的にもべジ寿司の人気がでてきていますが、朝市で売られている田舎寿司にはここしか味わえない魅力があります。色鮮やかな一品は、皿鉢料理に彩を添えるなんとも愛らしい素朴なぬくもりを感じます。

色鮮やかな高知の田舎寿司は世界的に人気のべジ寿司のルーツといえるでしょう。

とさでん交通の路面電車

高知市内の散策には路面電車の一日乗車券がお勧めです。フラットな高知市内は歩いてもいいのですが、土地勘がないと東西南北の区別がつきにくく、方向音痴だとすぐ迷ってしまいます。路面電車は数分間隔で運転されており、乗り間違えてもすぐに戻ってこれるので安心です。また、全国から集められた多様な車両もカラフルで、同じ車種を見付けるのが難しいほど。超低床車両もフラットな高知だからこそ走行できる。さらに、はりまや町の交差点は「ダイヤモンドクロッシング」と呼ばれ、全国でも珍しい路面電車の平面交差点。午前8時過ぎには、3両の電車が同時に交差する「トリプルクロス」が見られるようなので、お好きな方はぜひ時間を調べてお出かけください。

路面電車の説明書きも土佐気質にあふれています。

酔鯨土佐蔵を訪ねる

上記ご紹介以外に、酔鯨土佐蔵にも訪問いたしました。その内容は酒専門店鍵や様「いとしの酒プラス」でご紹介していますので、リンクにてご紹介させていただきます。昼過ぎに松尾酒造さんを訪問し、その後夕方に伺いました。いずれの蔵もそれぞれ個性があり代えがたい魅力があるのですが、酔鯨土佐蔵は、従来あるものを少しづつ改良していったのではなく、一足飛びに築き上げられたもの。順路や導入する設備などが綿密に考え抜かれた工程には全てに意味があり、蔵の醸造哲学や酒造りの重要な点がフォーカスされているのです。

芳醇辛口の土佐酒を生み出す吟醸蔵~酔鯨吟醸蔵を訪ねる~ | 酒専門店 鍵や (sake-kagiya.com)

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