2月21日、ホテルグランヴィア京都・浮橋で開催された酒のコラボイベントに出席致しました。このイベントは京の銘酒のメーカーズディナーをコンセプトとし3カ月に1回程の頻度で開催されており、ほぼ毎回出席させていただいてます。初回は月桂冠さんの飲み比べ会で2019年の秋に開催されました。第二回目は玉乃光さんで、当時はまだコロナ禍前で制限もなく、多くのお客様が参加されていましたが、その後コロナ第一波の影響で中断されることに。ようやく8月に第一波が収まったとき、可能な限りの感染症対策を採られ第三回目が開催されました。その時の酒蔵は月の桂さんで当主の増田徳兵衛様の素晴らしいお話を聞くことができました。これでコロナ禍も終息していくのかと希望を感じたのですが、ご承知の通りの状況が続き、以降コロナ波を縫いながら変則的に開催を続けられたことはご苦労が絶えなかったと思います。会場は店舗から宴会場に移り、出席者も限定して案内され、アクリル板設置、感染症対策の責任者を置き、全国トップレベルの対策をとられる姿は、サービス業のプライドをかけて取り組まれているようでこちらも励まされました。また、気軽に外食できない時期に、この会だけは安心して来れたことはありがたいことで、そのおかげでコロナ禍の外食制限を耐えられました。いつかブログで紹介したかったのですが、今回ようやくその機会が作れたこととても嬉しく思います。
本日のコラボは山ばな平八茶屋の園部晋吾社長と松井酒造の松井治右衛門社長とグランヴィア京都の三浦覚和食統括料理長です。園部様と三浦様は北浜の名店花外楼で修行されたご関係があり今回のイベントが実現したとのことです。
山ばな平八茶屋は創業は天正年間で、屋号の通り街道茶屋として始まったとのこと。以来安土桃山時代から四百四十年にわたり手仕事を受け継がれている名店で、晋吾社長は21代目に当たられます。お父様は20代目園部平八様で、代々平八の名前を襲名し続けておられる由緒ある日本料理店です。特に名物とされるのが麦とろ御飯と若狭のくじ。若狭街道の京都の一つ手前の茶屋に当たり、行き交う旅人が麦とろをかき込み小腹を満たした、そんな活気あふれる姿が目に浮かぶようです。本日のメニューにも入っておりとても楽しみです。
お酒を提供されるのは京都左京区にある松井酒造。1726年兵庫県香住で創業した後、京都河原町付近へ転居され、大正時代に現在の出町柳に蔵を構えられました。昭和後期に京都地下鉄の工事が地下水に影響するとの事で休業されたのですが、14年前の平成21年に酒造りを再開。長年の休業により知名度は低いと謙遜されますが、歴史に基づく伝統を重んじると共に次の100年を見据え、太陽光発電で総電力の60%を賄うなど持続可能な伝統産業の在り方を追求されている新旧の魅力を併せ持つ素晴らしい酒蔵です。
最初の一品は煮豆と利休麩の白酢和え。生麩のグルテンを揚げて甘辛くして煮豆に和えたもの。上品な甘みと旨味が調和したしっかりとした味わい。トースティな味わいのシャンパンのように、麹の旨味あふれる「にごり酒ひそか」で楽しみます。フレッシュな酒の中に残るガスが、口内のたっぷりとした旨味をクリアにしてくれます。
二品目は「帆立貝と湯葉のムース、エビ出汁ジュレ生うにキャビア添え」。贅沢な食材の旨味がひしめき合う味わいとにごり酒の旨味との調和を楽しめます。
煮物椀は苦味の穏やかな牛蒡真薯。香り高い鰹だしに木の芽、あしらってある梅人参に季節感を感じます。合わせる酒は京都市産業技術研究所と共同開発した酒。京都オリジナル米「祝」を65%精米し、京都酵母「京の恋」で醸したオール京都の純米酒。アルコール度13%と軽めで、純米酒らしい旨味がありながらスッキリとした飲みやすいお酒です。
向附は、山はな平八茶屋からは名物ぐじ料理の一品目「ぐじひと塩」。比較的淡泊な味わいのぐじは焼物や椀物で供されることが多く、それをお造りで提供するのは若狭料理ならではのもの。ぐじとは1㎏を超える赤甘鯛のことで、京料理では高級魚として珍重されます。深海魚のため、身が柔らかく、お造りで食べるには醤で締め寝かすことでもっちりとした食感になり、二杯酢で頂くのがお薦めとのことです。かつて京都の街では魚は若狭から一昼夜かけ運ばれていました。新鮮な魚を求める美食家が行商人が運ぶ魚の到着を待ち、その場で食べたことによって平八茶屋が日本料理店として発展されたとのことです。獲れたてのぐじは一塩され、一昼夜かけて京まで運ばれる間に旨味が凝縮し待ち構えた美食家たちをうならせた、そんな光景が目に浮かぶ一皿です。
浮橋からの向附けは「鰤大根」の造り。脂の乗った寒鰤に大根おろしとゆずをたっぷり乗せた香り高い一品。造り醤油で頂くと鰤の旨味が引き立ちます。煮物の鰤大根や寒鰤の造りとは一線を画し、むしろ鰤しゃぶに近い食感。合わす酒は「祝35%精米の純米大吟醸」。一般的に高精米にすると味よりも香りが引き立ち、米が溶けやすいためサラッとした味になるのですが、こちらのお酒は適度な酸味に加えて米の旨味も楽しめ、食中酒として幅広い料理に合う印象です。
焼物は平八茶屋のぐじの二品目の若狭焼き。酒と醤油を掛け、鱗は寝かしたまま焼き上げた繊細な手仕事。ピンクゴールドに輝く姿は美しく、気品が漂います。ぐじ自体の脂で鱗がパリパリに焼き揚がり、香ばしく心地よい食感とその旨味は絶品。添えられた柚べしは、ゆずをくり抜いて白みそを詰めて日陰で乾燥させた自家製で、ぐじの旨味と心地よく調和します。
酒肴は春を感じさせてくれる5品。竹皮にのった竹の子木の芽和え。こごみ胡麻。菜の花の黄身辛子。酒粕燻製はチコリにのせて。京都産黒毛和牛みそ漬け。春の苦味が楽しめる竹の子とこごみは「京の輝き純米大吟醸」と。京の輝きを50%精米した純米大吟醸で、心地よい吟醸香とふくらみのある味わいが特徴で、春の苦みのある料理をまろやかに引き立ててくれます。苦味が旨味と辛味と調和した菜の花黄身辛子、深い旨味たっぷりの和牛のみそ漬けはぬる燗の「山田穂純米」と。クリームチーズの粕漬け、ベーコンの燻製、塩麹などを合わせた香味あふれる酒粕燻製は「京の輝き純米大吟醸」でも「山田穂純米」いずれでも楽しめます。
山田穂は山田錦の母方に当たる酒造好適米。育生年は明治10年で、亀の尾、神力、愛国、強力といった復古品種と肩を並べる経歴を持ち、山田錦と似た優れた酒造特性を持つため近年復活した注目の酒米です。山田錦のような洗練感は少ないですが、復古品種特有の野性味が魅力で、しっかりとした料理に合わせて楽しめます。今回のお酒はなんと精米歩合80%で、骨太でありあながら雑味が少ない酒質に仕上げているとのことです。
留肴は平八茶屋の鰆のかぶら蒸し銀あん。柔らかいかぶら蒸しの食感はまるでスープを飲むようで、優しい味わいが口内をリセットしてくれます。併せる酒は「祝純米ルリ」。松井酒造の中でも基準になっている酒とのこと。祝は醪に溶けやすく濃厚な味わいに仕上がる為、低温下で醸造上の工夫を重ねバランスの取れた味わいに仕上げておられます。そして、口がリセットされたところで麦とろ御飯をいただくことになります。
酒宴の最後を締める料理は麦とろ御飯と漬物三種。かつて街道茶屋のファーストフードとして人気を博した料理を名物としてブラッシュアップし、見事に洗練した味わいに完成されています。丹波産のつくね芋をすりつぶし白みそとだしで伸ばしたとろろに抹茶のように細かく顆粒状にした青のりを乗せる。漬物3種は自然発酵による自家製のもので、麦飯、とろろ、漬物がバランスよく、香ばしい香りに満たされながら、とろろのつるっとした食感と麦飯の質感が交じり合い心地よく喉を滑っていく。優しい味わいの漬物が寄り添い、素朴でありながら絶品の美味しさを楽しめます。地元の食材を手仕事によって仕上げられた「高野川の里の料理」。これからも多くの客を魅了し続けていくことでしょう。
浮橋による水菓子は、うすい豆のアイス最中と湯葉入りわらび餅。素朴な味わいの中に細やかな手仕事を感じるデザートです。ずんだ餅を思わせるうすい豆のアイスは、見た目も美しく、甘すぎずアクセントのある食感で味わいは素朴。まさに水菓子といった印象です。
松井酒造の松井治右衛門社長は、最後に御酒印帳にラベルとご署名を頂きました。「和醸良酒」とは日本酒業界に古くから伝わる言葉で、和は良酒を醸し、良酒は和を醸すという2つの意味を持つとされます。本日のイベントでは2つの店の料理と良酒が素晴らしいハーモニーを醸してくれました。そんな食愛に満ちた素敵なひと時を体験できたことに感謝し、またいつか改めてお伺いできればと思います。